プロレスカテゴリの記事一覧

プロレス アントニオ猪木VSヘンゾ・グレイシー



アントニオ猪木VSヘンゾ・グレイシー戦は2000年12月31日に行われたINOKI BOM-BA-YE 2000の名場面試合です。

スペシャル・エキシビションマッチ 3分の試合です。

プロレス 船木誠勝VS鈴木みのる



船木誠勝VS鈴木みのる戦は2010年3月21日に行われた全日本プロレス両国大会の名場面試合です。

金網マッチという完全決着の対戦でした。

プロレス 金本浩二VS村上一成



金本浩二VS村上一成戦は2003年11月3日に行われた新日本のプロレスの名場面試合です。

終始打撃戦なり金本浩二は顔面を骨折する怪我をしてしまいました。

プロレス 鈴木みのるVS村上一成



鈴木みのるVS村上一成戦は2003年に行われた新日本のプロレスの名場面試合です。

喧嘩上等マッチと言われた試合でした。

プロレス 山田恵一VS橋本真也



新日本プロレスでの両者若き日の試合で、貴重な映像です。

プロレス 天龍源一郎VSグレート・ムタ



天龍源一郎VSグレート・ムタ戦は1996年10月11日に行われたスペシャルマッチの名場面試合です。

WARの天龍源一郎対新日本プロレス、グレート・ムタの対戦です。

プロレス 天龍源一郎VS橋本真也



天龍源一郎VS橋本真也戦は1998年1月8日に行われたG-1クライマックストーナメントの準々決勝の名場面試合です。

プロレス 天龍源一郎VS橋本真也



天龍源一郎VS橋本真也戦は1998年1月8日に行われたG-1クライマックストーナメントの準々決勝の名場面試合です。

プロレス 天龍源一郎VS輪島大士





天龍源一郎VS輪島大士戦は1987年11月7日に行われた全日本プロレスの名場面試合です。

元大相撲出身同士の対戦となりました。

プロレス 三沢光晴VS冬木弘道



三沢光晴VS冬木弘道戦は2002年4月7日に行われたプロレスリング・ノアの名場面試合です。

両者とも亡くなっており貴重な試合のひとつではないでしょうか・・・。

プロレス 三沢光晴VS天龍源一郎





三沢光晴VS天龍源一郎戦は2005年11月5日に行われた名場面試合です。

18年ぶりのシングルマッチとなりました。

プロレス 三沢光晴VS小橋建太



三沢光晴VS小橋建太戦は2003年3月1日に行われたGHCヘビー級王座防衛戦の名場面試合です。

小橋建太が激闘の末第6代GHCヘビー級王座に輝いた試合でした。

プロレス 小橋建太VS高山善廣



小橋建太VS高山善廣戦は2004年4月25日に行われたGHCの名場面試合です。

プロレス 佐々木健介VS小橋建太







佐々木健介VS小橋建太戦は2005年7月18日に行われた名場面試合です。

剛腕対決と言われた試合で、壮絶な逆水平の打ち合いが見所です。

プロレス グレート・ムタVSパワー・ウォリアー



グレート・ムタVSパワー・ウォリアー戦は1997年1月4日に行われたNJPWの名場面試合です。

パワー・ウォリアーとしての佐々木健介でした。

プロレス グレート・ムタVS後藤洋央紀





グレート・ムタVS後藤洋央紀戦は2008年1月4日に行われた名場面試合です。

7年8か月ぶりに新日本プロレスへ降臨したグレート・ムタです。

プロレス グレート・ムタVSグレート・ニタ



グレート・ムタVSグレート・ニタ戦は1999年8月28日に行われた名場面試合です。

グレート・ムタをパロったグレート・ニタ(大仁田厚)と本家の対戦です。

プロレス 獣神サンダーライガーVS武藤啓司



獣神サンダーライガーVS武藤啓司戦は2001年4月19日に行われた名場面試合です。

プロレス 山田恵一VS高田延彦



山田恵一VS高田延彦戦は1986年7月19日に行われた名場面試合です。

新日本プロレス山田恵一(後の獣神サンダー・ライガー)対旧UWF高田延彦の対戦です。

プロレス 前田日明VSポール・オーンドーフ



前田日明VSポール・オーンドーフ戦はIWGPの名場面試合です。

前田日明がIWGPトーナメント欧州代表として帰国して、日本で初めての対戦でした。

プロレス 前田日明VSケリー・フォン・エリック



前田日明VSケリー・フォン・エリック戦は1986年5月19日に行われた新日本プロレスの名場面試合です。

UWF 前田日明の新日本プロレスでの対戦です。

プロレス 前田日明VS船木誠勝



前田日明VS船木誠勝戦は1990年10月25日に行われた第二次UWFの名場面試合です。

打撃と関節技の攻防が見応えあります。

プロレス 高田延彦VS北尾光司



高田延彦VS北尾光司戦は1992年10月23日に行われたUWFインターナショナルの名場面試合です。

北尾光司は元大相撲横綱力士です。

プロレス 高田延彦VS前田日明



高田延彦VS前田日明戦は1988年6月11日に行われたUWFの名場面試合です。

第2次UWFナンバー2対ナンバー1の対戦です。

プロレス 高田延彦VS船木優治



高田延彦VS船木優治戦は1990年8月23日に行われた新生UWFの名場面試合です。

船木優治の骨法掌底が強烈でした。

プロレス 高田延彦VSアブドーラ・ザ・ブッチャー



高田延彦VSアブドーラ・ザ・ブッチャー戦は1996年10月8日に行われた名場面試合です。

異次元対決と言われた試合です。

プロレス ボブ・サップVSグレートムタ





ボブ・サップVSグレートムタ戦は2002年11月17日に行われたWRESTLE-1横浜アリーナの名場面試合です。

ボブ・サップをエースとするプロレスエンターテインメントショーのファンタジーファイトWRESTLE-1(レッスル・ワン)での対戦です。

プロレス 前田日明VS佐山聡(スーパー・タイガー)

 
前田日明VS佐山聡戦は1985年に行われたプロレスの名場面試合です。

前田日明との関係断絶のきっかけとなる試合でした。

プロレス 長州力VSタイガーマスク



長州力VSタイガーマスク戦は1986年3月13日本武道館で行われたプロレスの試合です。

初代タイガーマスク三沢光晴と長州力との戦いの名場面です。

プロレス 前田日明vs坂口征二



プロレス 前田日明vs坂口征二戦の貴重な名場面です。

当時ジャイアント馬場、アントニオ猪木に次ぐ人気を得ていた坂口征二と、格闘家として見える前田日明との一戦です。

プロレス 武藤啓司、越中詩郎VS前田日明、高田延彦







この武藤啓司、越中詩郎VS前田日明、高田延彦戦は1987年3月20日に後楽園ホールで行われたIWGP世界タッグ王座決勝戦のプロレスの試合です。

前田日明と高田延彦がタッグを組んだ名場面です。

プロレス 獣神サンダーライガーvs村上一成



獣神サンダーライガーvs村上一成戦は2001年大阪ドームで行われたプロレスの名場面試合です。

試合終了後藤波辰爾、小川直也、長州力を巻き込んで大反乱しました。

異種格闘技 藤原善明VSドン・フライ



藤原善明VSドン・フライの異種格闘技戦名場面で、試合結果は別にして、関節技の鬼といわれる藤原善明の関節技のテクニックを堪能できる試合でした。

プロレス 小川直也VSドン・フライ



プロレス 小川直也VSドン・フライ戦は1998年のファイナル猪木トーナメント決勝で、勝者がアントニオ猪木と対戦する試合でした。

小川直也に是非とも勝って欲しかったのですが、一瞬で一転する展開の戦いになりました。

プロレス 高山善廣VS小川直也



このプロレスの試合は帝王対暴走王、高山善廣VS小川直也の名場面戦です。

プロレス ZERO-ONE 三沢光晴・力皇猛vs小川直也・村上一成



この試合はプロレス ZERO-ONEでの三沢光晴・力皇猛vs小川直也・村上一成タッグ戦で、三沢光晴・力皇猛のプロレスコンビネーションが活躍する名場面でした。

プロレス 佐々木健介対小川直也



プロレス 佐々木健介対小川直也戦は2002年1月4日東京ドームでの試合です。

ノーコンテストとなってしまいましたが、最後の決着まで見たかった試合でした。

プロレス 小川直也vs橋本真也





プロレス 小川直也vs橋本真也戦は1999年1月4日東京ドームで行われた試合です。

この両者の対決は3度目の試合で、小川直也は過去での柔道の面影がなく、打撃戦対応の総合格闘家としてのイメージを強く受けました。「暴走王」と呼ばれる小川直也がますます強まる名場面対決でした。

プロレス 小川直也vsブライアン・ジョンストン ブライアン・ジョンストン失神 小川直也必殺技STOの威力



この小川直也vsブライアン・ジョンストン戦は1997年9月23日の試合です。

STO(スペース・トルネード・オガワ)と呼ばれる小川直也の柔道の大外刈りをアレンジしたオリジナルの得意技で、相手の首に腕を回した状態で、足を思いきり刈り上げて受身の出来ない状態から後頭部から落とす危険な必殺技です。

この試合でブライアン・ジョンストンはもろにSTOを受けて失神してしまいしました。

プロレス ハルクホーガンVS天龍源一郎





ハルクホーガンVS天龍源一郎戦は1991年12月12日東京ドームで行われたプロレスの試合です。

当時の日米頂上対決でした。

プロレス スタン・ハンセンvsハルク・ホーガン ウエスタン・ラリアット対アックスボンバー

プロレス スタン・ハンセンvsハルク・ホーガン





プロレス スタン・ハンセンvsハルク・ホーガン戦は1990年4月13日の東京ドームで行われた試合で、スペシャルドリームマッチ名場面です。

ウエスタン・ラリアット対アックスボンバーを期待していましたが、壮絶な流血戦となり最後は結局必殺技で決着しています。

プロレス ハルクホーガン対アンドレザジャイアント





プロレス ハルクホーガン対アンドレザジャイアント戦は1982年に行われた試合です。

ハルクホーガンは当時アックスボンバーを日本での必殺技として、アントニオ猪木、長州力、藤波辰巳、天龍源一郎、グレート・ムタ、蝶野正洋らを沈めています。

この試合でもアンドレザジャイアントにアックスボンバーが炸裂しました。

プロレス 2代目タイガーマスク対ミルマスカラス





2代目タイガーマスクvsミルマスカラス戦は1986年に行われたプロレスの試合です。

スカイ・ハイの入場テーマ曲と千の顔を持つ男や仮面貴族のニックネームで当時知られたミルマスカラス(アーロン・ロドリゲス)と、2代目タイガーマスク(三沢光晴)との覆面対覆面の一騎打ちです。

プロレス 初代タイガーマスクvsブラックタイガー





初代タイガーマスクvsブラックタイガー戦は、1982年5月26日に大阪府立体育会館で行われたWWFジュニアヘビー級選手権のプロレスの試合です。

ブラックタイガーの正体は佐山聡のイギリス修行時代に対戦していたマーク・ロコという選手です。

実力はほぼ互角と見え、どちらが勝っても不思議ではない最後まで見逃せない試合でした。タイガー対タイガーの名場面勝負です。

プロレス 初代タイガーマスクvsダイナマイト・キッド



初代タイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦は1982年8月30日マディソン・スクエア・ガーデンで行われたプロレスの試合です。

初代タイガーマスクの正体は佐山聡で、1981年4月23日蔵前国技館でこの試合と同じくダイナマイト・キッドを相手にデビュしています。スピードのある驚愕的な動きで観客を沸かせました。

ダイナマイト・キッドにとってタイガーマスクは、生涯において宿敵ともいえる存在といっても過言ではないでしょう。

プロレス キラー・カーン、永源 遙vsブルーザー・ブロディ、キラー・ブルックス



プロレス キラー・カーン、永源 遙vsブルーザー・ブロディ、キラー・ブルックス戦は1985年の試合です。キラー・カーンとブルーザー・ブロディのヘビー級の巨体がぶつかる姿は迫力があります。

プロレス ジャイアント馬場VSビルロビンソン



ジャイアント馬場VSビルロビンソン戦は1976年7月24日蔵前国技館で行われたプロレスの試合です。ビルロビンソンはカールゴッチ同様に昭和時代ののプロレスにおいては、世界最高といわれ神様的存在といっても過言ではないでしょう。

ジャイアント馬場はビルロビンソンから日本で初の2フォール勝ちを収めています。

プロレス プロレスの神様カールゴッチVSアントニオ猪木







プロレスの神様として日本で知られるカールゴッチは、アントニオ猪木の師匠として卍固め、ジャーマン・スープレックスを伝授しています。また新日本プロレス設立に貢献して後に藤波辰巳、木戸修、藤原喜明、佐山聡、前田日明ら有名選手を育成しています。

このプロレス カールゴッチVSアントニオ猪木戦は、1972年6月に行われた新日本プロレス旗揚げ第1戦の試合で貴重な名場面映像です。カールゴッチはアントニオ猪木とは5回対戦していますが、3勝2敗という成績になっています。

プロレス ジャンボ鶴田 天龍VSスタン・ハンセン ブルーザー・ブロディ







プロレス ジャンボ鶴田 天龍VSスタン・ハンセン ブルーザー・ブロディ戦は1983年のリーグ戦タッグマッチで、スタン・ハンセンとブルーザー・ブロディという当時最強コンビに日本組が挑んだ試合でした。

プロレス ジャンボ鶴田vsブルーザー・ブロディ



このプロレス ジャンボ鶴田vsブルーザー・ブロディ戦は1983年8月31日の試合です。

キングコングというニックネームで活躍したブルーザー・ブロディは、キングコング・キック(ブロディ・キック)や圧倒的な破壊力のあるキングコング・ニー・ドロップを得意技としていました。1988年に亡くなっています。

ジャンボ鶴田、ブルーザー・ブロディ共にこの世にいなく、過去の名勝負の名場面です。




プロレス スタンハンセン 強烈!首折ウエスタンラリアート15連発



スタンハンセンはアメリカンフットボール経験者で、この中からあみ出したプロレス必殺技ウエスタンラリアート。一撃必殺の強烈なフィニッシュ・ホールドとしても多くの勝利を獲得しました。

ウエスタンラリアートをまともに喰らった選手は失神したり、歯が折れたりしてその破壊力の凄まじさを物語っています。

プロレス スタンハンセンVSアンドレザジャイアント





スタンハンセンVSアンドレザジャイアント戦は1981年9月23日に行われたプロレスの試合です。

「ウィー!!」という雄叫びとウエスタン・ラリアットが得意技が有名なスタンハンセンと身長223cm、体重236kgという大巨人アンドレザジャイアントとの一騎打ちの名場面です。

ハンセンがアンドレを持ち上げた・・・

プロレス 長州力対タイガージェットシン





1985年8月23日に行われた全日本プロレス 長州力対タイガージェットシンの試合です。

はちゃめちゃな結末で、現在では考えられなく今思えば面白かったと思います。

プロレス 貴重夢のタッグ ジャイアント馬場&アントニオ猪木vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&タイガー・ジェット・シン







プロレス ジャイアント馬場&アントニオ猪木vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&タイガー・ジェット・シン戦は1979年8月26日の試合で、日本プロレスタッグの歴史に残る名勝負ではないでしょうか・・・。

貴重な映像の名場面のひとつです。Youtubeの削除を願わずにはいられません。

プロレス 三沢光晴VSジャンボ鶴田



2代目タイガーマスクとして有名で活躍した三沢光晴選手。試合中の事故により2009年6月13日に惜しくも亡くなっています。

ジャンボ鶴田共に両者この世にいなく、このプロレス 三沢光晴VSジャンボ鶴田戦は過去の貴重な名場面のひとつです。

プロレス ジャンボ鶴田 強烈バックドロップ43連発!



プロレス ジャンボ鶴田の強烈バックドロップ43連発名場面集です。

まさに芸術技のバックドロップで重みがあります。ジャンボ鶴田に並ぶ使い手の選手は少ないのではないでしょうか?

プロレス ジャンボ鶴田vsアニマル浜口



ジャンボ鶴田vsアニマル浜口戦は1986年3月13日日本武道館で行われたプロレスの試合です。「気合だー!!」の流行語で知られるアニマル浜口の現役時代の名場面です。

アニマル浜口は近年では長女の浜口京子を女子レスリング選手として育て、数々のレスリング世界選手権において多くの優勝を果たしています。

プロレス ジャンボ鶴田VSジャイアント馬場



惜しくも49歳の若さで2000年5月13日に亡くなったジャンボ鶴田。過去の名場面です。

このプロレス ジャンボ鶴田VSジャイアント馬場戦は師弟対決で、2メートル前後の両者がぶつかり合う姿は迫力があります。

プロレス アントニオ猪木の歴史



燃える闘魂のニックネームで知られるアントニオ猪木は、1960年力道山に直接スカウトされ日本プロレスに入団して、同年大木金太郎を対戦相手にしてデビューしました。ちなみに結果は敗戦しています。

以後日本プロレスで、ジャイアント馬場とタッグを組みインターナショナル・タッグ王座を獲得する活躍をしましたが、1971年に追放処分を受け退団しました。

翌年の1972年に新日本プロレスを設立してWWE(アメリカ合衆国のプロレス団体、および同団体の興行会社)と提携して外国人主力選手を呼び込み力道山以後の第2次プロレス黄金時代を築いています。

その後ボクシング、空手などの異種格闘技戦への挑戦を続けを続け、後の総合格闘技への流れをを築いています。

1983年にはIWGP(プロレス界における世界最強の男を決める)を立ち上げ、1989年長州力とのシングルマッチで敗北してからは世代交代の要因となっています。

1998年ドン・フライと引退試合でグラウンド・コブラで勝利してプロレスから引退しました。

ジャイアント馬場 日本プロレスでのエース時代の始まり



ジャイアント馬場は日本プロレス界のおいて身長209cm体重135kgという最大の巨体を持ち、1999年満61歳で亡くなるまでプロレス界だけでなくCMやテレビドラマなどでも活躍しました。

力道山の死後弟子だったジャイアント馬場が日本プロレスの後継者として押し上げられ見事期待に答え、十六文キック、32文人間ロケット砲、河津落とし、脳天唐竹割りなどの必殺技にて外国人レスラーを次々と倒し、日本プロレスでのジャイアント馬場という名を海外でも広まり国内共に有名になりました。

のちの1972年全日本プロレスを旗揚げて数々の名勝負の歴史を創っています。

プロレス 力道山VSデストロイヤー



覆面レスラーとしての有名なデストロイヤーは足4の字固めを得意技として、日本でもテレビタレントとしても活躍して有名になりました。

この力道山VSデストロイヤー戦は大変貴重な映像だと思います。足4の字固めを日本中に広く知られる要因となりました。

ちなみに近年では足4の字固めは、フィギュアフォー・レッグロックという別名でプロレスの関節技のひとつとなっています。

プロレス 力道山VS木村 政彦



プロレス 力道山VS木村 政彦の名場面です。

プロレス界の原点をを築きあげた力道山。あのジャイアント馬場、アントニオ猪木も彼の弟子でした。アントニオ猪木はとくにかなりしごかれていたようです。1963年満39歳という若さでこの世を去っています。

15年間不敗という柔道史上最強の木村 政彦とのこの試合では、力道山が張り手の連打を打ちまくりKoしました。台本があり八百長崩れであったことがのちに問題になっています。

詳しい内容amazonにて確認
出版社/著者からの内容紹介
昭和29年12月22日----。プロ柔道からプロレスに転じた木村政彦が、当時、人気絶頂の力道山と「実力日本一を争う」という名目で開催された「昭和の巌流島決戦」。試合は「引き分けにする」ことが事前に決められていたものの、木村が一方的に叩き潰され、KOされてしまう。まだ2局しかなかったとはいえ、共に生放送していたテレビの視聴率は100%。まさに、全国民注視の中で、無残な姿を晒してしまった木村、時に37歳。75歳まで生きた彼の、人生の折り返し点で起きた屈辱の出来事だった。柔道の現役時代、木村は柔道を殺し合いのための武道ととらえ、試合の前夜には必ず短刀の切っ先を腹部にあて、切腹の練習をして試合に臨んだ。負ければ腹を切る、その覚悟こそが木村を常勝たらしめたのである。約束を破った力道山を許すことができなかった木村は、かつて切腹の練習の際に使っていた短刀を手に、力道山を殺そうと付けねらう。しかし、現実にはそうはならなかった......その深層は? 戦後スポーツ史上、最大の謎とされる「巌流島決戦」を軸に、希代の最強柔道家・木村政彦の人生を詳細に描く、大河巨編!!

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

前田日明 UWFでの伝説



前田日明は1977年に新日本プロレスに入団。同年8月に山本小鉄戦でデビューして、1984年に打撃、関節技格闘技路線の強いUWFの旗揚げに参加。のちに第2次UWF解散後の1991年リングスを設立しています。当時WOWOWで放送され私もリアルタイムで見たのを記憶しています。

タグ:前田日明
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