プロレス アントニオ猪木の歴史



燃える闘魂のニックネームで知られるアントニオ猪木は、1960年力道山に直接スカウトされ日本プロレスに入団して、同年大木金太郎を対戦相手にしてデビューしました。ちなみに結果は敗戦しています。

以後日本プロレスで、ジャイアント馬場とタッグを組みインターナショナル・タッグ王座を獲得する活躍をしましたが、1971年に追放処分を受け退団しました。

翌年の1972年に新日本プロレスを設立してWWE(アメリカ合衆国のプロレス団体、および同団体の興行会社)と提携して外国人主力選手を呼び込み力道山以後の第2次プロレス黄金時代を築いています。

その後ボクシング、空手などの異種格闘技戦への挑戦を続けを続け、後の総合格闘技への流れをを築いています。

1983年にはIWGP(プロレス界における世界最強の男を決める)を立ち上げ、1989年長州力とのシングルマッチで敗北してからは世代交代の要因となっています。

1998年ドン・フライと引退試合でグラウンド・コブラで勝利してプロレスから引退しました。



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